2011年東北地方太平洋沖地震被害調査報告(第一報)

宮城県〜岩手県南部の調査

Rev. 1.0 (2011/03/19)
Rev. 1.1 (2011/03/20)
Rev. 1.2 (2011/03/22)

1. はじめに

調査報告をはじめる前に,2011年東北地方太平洋沖地震によって被災された方に心よりお見舞い申し上げます。これまで行ってきた地震被害調査のなかでも被害のスケールは想像をはるかに越えたものでした。あまりの被害の大きさに言葉を失い,とおりいっぺんのお見舞い以上の言葉を述べることさえもできません。地震災害の軽減という大きな旗印のもとで研究を行ってきた研究者の一人として,これまで行ってきた研究は何だったのか,という非常に強い無力感を抱かざるを得ませんでした。 しかし,だからといってここで研究の歩みを止めることは多くの犠牲を払ったにもかかわらず,我々は何も学習しなかったことになってしまいます。同じことが繰り返されないためにも,問題の所在を明らかにし,新しい対策を考えることが重要であると考えました。これが,被災地の多くの方々の苦しみが想像に余りあることを承知したうえで,あえて,地震直後に被災地へ調査に赴いた動機です。 被災地域は広大であるにもかかわらず,極めて深刻な燃料不足により,移動が大きく制限されました。そのため,調査を行った地域は非常に限られていることをご了解ください。

2. 地震の概要

3月11日14時46分に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0 (Mw)の地震が発生しました。この地震では宮城県栗原市築館における震度7をはじめとして各地で震度6強の強い揺れが観測されました。震源は三陸沖(牡鹿半島の東南東約130km付近)の深さ約10km (気象庁速報値),およそ北西─南東方向に圧縮軸をもつ逆断層型地震で震源の位置やメカニズムから太平洋プレートと北米プレートの境界域で発生したプレート間地震であると考えられます。震源断層は南北方向に長さ400km以上,東西に幅200km以上に広がっており,断層の滑り量は20m以上に達したとされています。また,断層の傾斜角は18度前後で非常に低角であることがわかります。また,地震のタイプから予想されるように大きな津波を伴う地震であり,津波による被害は広範囲かつ甚大でした。

3. 調査の概要

この地震による 土木構造物の被害を調査するため,高橋章浩(東京工業大学 准教授)と盛川仁(同)の2名で3/12-17の日程で現地へ入りました(ただし3/12は盛川のみ)。調査ルートは以下の通りです。

  • 3/12:東京都町田市
  • 3/13:すずかけ台キャンパス – 調布IC – (中央道,圏央道,関越道,北陸道,日本海東北道) – 神林岩船港IC – 村上
  • 3/14:村上 – (国道7号) – 鶴岡 – (国道47号) – 大崎 – 江合川堤防 – (国道4号) – 築館 – (国道4号,108号) – 石巻
  • 3/15:石巻 – (県道16号) – 鳴瀬川堤防 – (県道150号) – 東松島 – (国道45号,346号,県道19号,県道32号) – 鳴瀬川堤防 – (県道152号,国道4号) – 古川 – (国道4号) – 仙台市宮城野区 – (県道8号,国道4号,国道113号,国道7号) – 村上
  • 3/16-17:村上 – (国道7号) – 由利本荘 – (国道107号,国道4号) – 紫波町 – いわて花巻空港 – (国道4号) – 北上 – (国道398号,国道47号,国道7号) – 荒川胎内IC – (日本海東北道,北陸道,関越道) – 練馬IC – (環状8号) – 用賀IC – (東名高速) – 横浜町田IC – すずかけ台キャンパス

3/14〜16の間の移動を記録したKLMファイルを以下におきますので必要でしたら,ダウンロードしてGoogle Earthに読み込ませるとルートを表示することができます。ただし,常時GPSを受信しているわけではないため,かなりポイントが粗なところが多くあり,にわかにはどういうルートをたどったのかわからないところもあります。その場合は,上記のルートを参考にたどっていただければ,と思います。

(ファイルはgzipで圧縮しているのでzipを用いて解凍してから読み込ませてください。また拡張子に勝手にアンダーバーがついてしまっているので拡張子をKMLに直してください。)

以下,ルートに従って我々が見た被害および無被害の状況を報告します。

4. 東京都町田市での被害

町田市での被害はかなり地震後の早い時点で明らかになっていました。町田市は震度4〜5弱でしたが,北部の小山においてスーパーマーケットの屋上駐車場と道路を結ぶスロープが崩落しました。
スーパーマーケットの駐車場のスロープの崩壊 (E139°22’34.02, N35°36’07.42)

また,隣のホームセンターの立体駐車場では消火器が墓石のように回転していました(転倒しているものは1個だけ)。消火器の回転方向はいずれもほとんど同じでしたが,消火器が移動していたのは駐車場のなかでスロープの崩落があった側の約1/3ほどだけでした。

立体駐車場の消火器の回転

5. 江合川周辺の被害

3/14の朝の時点では新潟県村上市ではガソリンの給油のために列ができる様子はありませんでした。しかし,国道7号線を北上して山形県へ入ると急にガソリンスタンドで列をなす自動車が目立つようになります。

国道47号線沿いの大崎市のガソリンスタンドでの行列の様子です。

ガソリンスタンドの行列

5.1 江合川の堤防

国道47号線と平行する江合川の堤防に亀裂が見られました。写真は30.2kmポスト付近で遠景の橋梁は県道59号線(古川一迫線)の桜の目橋です。堤防の法尻部には砂が吹き出したあとが見られましたので,堤体内の砂が液状化して盛土が変形した可能性が考えられます。

江合川の堤防の亀裂 堤防の法尻に見られる砂の噴出 (E140°56’39.30, N38°35’46.10)

5.2 桜の目橋

県道59号線が江合川をわたる桜の目橋は1955年の示方書で二等橋として設計され,1963年に竣工した橋梁です。橋の南詰めのアバットメントが少し沈下し,沓が南側一杯まで変位していました。

桜の目橋南側の沓 (E140°56’47.51, N38°35’45.24)

この地域では,棟瓦に被害のでている家が見られましたが,その数は本当にごくわずかでした。

民家の棟瓦の損傷 (E140°57’36.65, N38°35’54.31)

5.3 新江合橋

国道4号線が江合川をわたる新江合橋は,アバットメントの沈下によって路面に大きな段差ができていました。この橋は西側の北行き2車線が1972年の道示による一等橋で1973年に竣工,東側の南行き2車線はかなり新しいようでしたが銘板を見つけることができず,竣工年はわかりませんでした。また,東側の新しい方は,ゴム支承による免震橋のようでした。外観はよく似ていますが,全く異る挙動をすると思われる二つの橋梁ですが,橋脚の間にはコンクリート壁が入れてありました。この壁の目的は地震時の衝突を防止するためのものだろうか,とも考えましたが実際のところはよくわかりません。この壁は地震前には橋脚に密着していたものと考えられますが,旧橋のほうには大きな隙間ができていました。剥落しているコンクリート片がフレッシュであったので,おそらく地震によって隙間ができたものと考えられます。

(E140°58’01.19, N38°35’46.09)

5.4 江合橋

江合橋は新江合橋のすぐ東側の県道1号線が江合川をわたる場所にかけられた橋梁です。この周辺の堤防被害の中では江合橋周辺がもっとも大きな被害を受けているように見えました。堤防の部分が大きく堤外地(川側)へずれており,堤防上の道路が完全に破壊されています。特に橋の南東側の道路の損傷が激しく,信号待ちをしていたと思われるトラックや自動車が巻き込まれて動けなくなっていました。自動車との比較から堤防の破壊のサイズがある程度予想できると思います。

(E140°58’27.34, N38°35’26.83)

6. 栗原市の被害

東北道の築館ICのすぐ北側で国道4号線と県道36号線の交差点部分の盛土が崩壊していました。

(E141°1’15.48, N38°42’48.64)

しかし,この場所のすぐ北側の築館の中心部でもほとんど,というか全く被害は見られませんでした。震度7ということでしたが被害との相関はあまり強くないように思われます。築館宮野中央に住んでいる人の話では,2008年岩手・宮城内陸地震のときと同じくらいの揺れの強さに感じたということです。実際,テレビや電子レンジは同じように落下したり倒れたりしたそうです。ただ,2008年の地震のときは突き上げるような上下動を強く感じたのに対し,2011年の地震では水平動が卓越したという,物理的にも実に非常にまっとうな感じ方をされたようです。築館で被害が見られなかったのは2008年の地震で壊れるものはみんな壊れてしまったから,ということがあったのかもしれません。

築館の東側の登米市では被害があったということでしたし,北東に位置する東北新幹線のくりこま高原駅の周辺では架線柱が多数傾斜したり倒れたりしたそうです(これは伝聞であり,我々が直接確認したわけではないことに注意してください)。ある程度の大きさの地震動であったことは間違いないようですが,築館ではその地震動が被害とは直接結び付いていないように感じました。

栗駒のJMA栗駒の観測点(栗駒岩ヶ崎)や県道179号線沿いの法蔵寺(栗駒中野)でも周辺には被害が見られませんでした。特に法蔵寺では2008年の地震で墓石が同じように一斉に転倒していたのが非常に印象的でしたが,今回は2基の墓石が転倒していただけで,それ以外の墓石はわずかに回転しているだけでした。墓石だけで判断することはもちろん危険ですが,栗駒地域では2008年と2011年の地震では2008年の地震のほうがより大きな震動であったのではないかと推察されます。

2008年の地震後
2011年の地震後(E140°58’43.88, N38°49’02.25)

栗駒から石巻へ移動する途中,ごく稀に大きく変形した家屋が見られました。下の写真は大崎市田尻の県道19号線沿いです。

(E141°1’33.46, N38°35’43.67)

また,すぐ南の県道19号線が江合川をわたる遠田橋(美里町)のそばの堤防が一部損壊していました。

(E141°2’45.44, N38°33’49.70)

以上が3/14までの報告です。続きは第二報へ。
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(文責:盛川 仁)

2011年東北地方太平洋沖地震被害調査報告(第一報) への2件のフィードバック

  1. 瀬尾和大 のコメント:

    盛川先生,ご無沙汰いたしております.詳細な調査レポートを興味をもって拝見しました.すばやい行動力に心より敬意を表する次第です.今後ますますのご発展をお祈り致しております.

    • morika のコメント:

      瀬尾先生,コメントありがとうございます。

      すばやいところはよかったのですが,体力がもう追い付いていないことを痛感しました。3/24-25の調査は自転車で移動したのですが,1日目に東北本線の黒磯から太平洋側まで山越えで160kmあまり走ったら,2日目は膝が壊れてました。結局2日目は8時間もかかってなんとか50kmあまり走ったところで本当に動けなくなって立ち往生でした。情けないです。ちゃんと鍛えておかないといざというときに使い物にならないことがよくわかりました。

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