名曲の条件 — On exquisite piece of music

京都大学工学部
盛川 仁

F. Schubert (1797-1828)作曲のロ短調交響曲,通称「未完成」。

鬱蒼とした森の中の霧を思わせる短い前奏の後,オーボエとクラリネットによる物寂しい旋律がどこからかともなく聞こえてきます。そしてその旋律をかき消すように駆け抜ける一陣の風…,その調べが高潮に達すると霧が晴れたかのように,チェロが美しい旋律を歌いはじめます。劇的な展開をみせる第1楽章に続く第2楽章も,Schubertの尽きることを知らない,やさしく美しい旋律に満たされています。そして最後は天国的な上昇音形でぷつんと終わってしまいます(もちろん楽章としてはちゃんと終わっています)。「この世の美しいものはすべて,最後の言葉を言わずに死んでしまう」という
名文句がありますが,まさにそのとおりです。この曲を聞くにつけ,私達は作曲者が言い残した言葉は何であったのかということに想いを馳せずにはいられなくなるのです。

形容詞をつけないで「未完成」といえば,他の未完成のままの名曲(すぐに思いつくものでも,W.A. Mozartのレクイエム,A. Brucknerの第9交響曲,G. Mahlerの第10交響曲などを挙げることができます)をさしおいて,Schubertのロ短調交響曲を指すほどに有名な曲です。この曲は少なくとも1822年10月30日までに第1楽章(Allegro moderato)と第2楽章
(Andante con moto)が完成されています。しかし何故か,そのまま放置されていて,1828年には作曲者が31歳という若さで亡くなってしまい,残りの2楽章分は未完成のままとなってしまいました。第3楽章は最初の9小節だけができており,断片的なピアノ譜のスケッチが残されているばかりで,第4楽章については影も形もありません(野呂信次郎:名曲物語,現代教養文庫,社会思想社,1969, pp.115-119.)。作曲者の死後37年を経て1865年12月17日にウィーンで初演されるまで人の目に触れることなく眠りつづけていたのです。

ところでこの未完成交響曲が名曲であるという点について疑いを挟む余地は余りないと思いますが,一般に「名曲」といったとき,この言葉はどのような曲のことを意味しているのでしょうか。「優れた有名曲」と簡単に言ってしまうと何だか意味がわかりません。そもそも優れたという評価を下す段階で,多分に,個々人の主観が入ってしまいますから定義自体が曖昧になってしまいます。それでも大多数の人にとって,一度聞いただけで忘れ難いような旋律やリズムを持った曲は名曲の資格を持っているといってもよいでしょう。主観が判断基準の根底にあることを承知の上で,もう少し分析的な見方をすると,その曲の完成度の高さや,完結性,独創性,格調の高さ,覚えやすさ,親しみやすさ,新たな発見,驚き,等々の要因が名曲であるための必要条件として挙げられることになります(諸井誠:名曲の条件,中公新書,中央公論社,1982.)。もちろん,逆が真であるとは限りません。そもそも名曲の条件に十分条件などというものは存在し得ないからです(もし存在するのなら,努力すれば名曲を書けるという幻想を抱くことが許されるのです
が,実際はそうではありません)。

名曲の条件として通常は完成度や完結性が重要な要素であるはずですが,それにもかかわらず,未完成交響曲は未完成である,すなわち言い残しがたくさんあるにもかかわらず名曲といわれ,初演以来,約130年にわたって多くの人々に聞き続けられています。やや詭弁を弄するならば,未完成交響曲は作曲者の意図に関りなく,未完成の状態でありながらひとつの完成された世界を形作っているといってよいのかもしれません。すなわち完成された「未完成」なのです。

上で述べた「名曲の条件」は,実は優れた研究の条件としてそのまま通用するのではないでしょうか。研究には当然,完成度の高さと完結性が求められるのですが,だからといってその結果に満足していては進歩するものもしないままに停滞してしまいます。未完成であるという認識もまた重要なのです(「名曲」の場合も研究の場合も意図的に未完成にするということはありませんから,ここでいう未完成であることの認識は,研究者の反省としての意味合いが強くなってきます)。

私は,都市施設耐震システム研究センター(都市耐震センター)の3年目から9年目までの7年間(!)を学生としてセンターで過ごしてきました。私の目からみたセンターの歴史は一言で言って共同研究の歴史であったといっても過言ではありません。学際的な研究を目指して異分野の研究者が集まってできたセンターですから当然のことなのですが,「都市の地震防災」という大きな目標が共通に存在するとはいえ,氏素性の異なる個性的な研究者が共同作業をすすめることの難しさや緊張感を肌で感じながら7年間を過ごしてきたように思います(このような空気を吸って研究者として育つことができたというのは,今の私にとって非常に大きな財産です。感謝の気持ちでいっぱいです)。単にいろいろな分野の研究者を寄せ集めるだけで共同研究ができ,学際的な成果に結び付くというのならば話は簡単ですが,そうは問屋が卸しません。研究者同士が理解しあったうえで,十分に満足のいく共同研究を行うには10年という歳月はあまりにも短かったように思います。共同研究をすすめるうえでは,各々の研究者が少なくとも2つ以上の分野に精通していることが最低限必要であり,そのうえで,最も得意な分野を通じてお互いに協力しあうということがいかに重要であるかということを思い知りました。

センターからこの10年間に出された多くの素晴らしい成果については誰も異論を唱えはしないでしょう。おそらく名曲の必要条件の大部分を満足しているからこそ,の成果であるともいえます。しかし,全ての研究がセンターの年限と共に完結するはずもなく,まだまだ未完成な部分をたくさん残している,特に共同研究に関してはこれから,というのが私の現状認識です。今後,学際的研究の重要性がますます高まるにつれて,共同研究に関する諸問題が重視されるようになるに違いありません。センターで培われたこの種の問題に関する有形無形の知識の集積はまだまだ未完成かもしれませんが,しかし,他に代えがたい貴い財産であることには違いないと思います。

都市耐震センターの残した作品は,今後,どのような音楽を奏でるのでしょうか。

都市耐震センター研究報告 No.10 (1996/03)